筑後遺跡探検

更新日 2020年04月01日

はじめに

  昭和37年、縄文時代の集落「裏山遺跡」が発見され、この年、筑後市で初めて発掘調査が行われました。その後、市内のほぼ全域から、各時代の貴重な遺跡が続々と発見されました。文化財保護法では、これらの貴重な遺跡が工事などによって破壊を受ける恐れがあるときは、記録として保存するために発掘調査を行うことになっています。ここでは、これまで行ってきました発掘調査の内容を小学校区ごとにご紹介します。

 現在、発行している文化財調査報告書の遺跡情報を随時追加しています。

(令和2年3月31日時点130遺跡を掲載)

 


筑後遺跡探検

筑後遺跡探検地図

筑後北小学校 筑後北小学校 西牟田小学校 西牟田小学校 羽犬塚小学校 羽犬塚小学校 松原小学校 松原小学校 二川小学校 二川小学校 筑後小学校 筑後小学校 水田小学校 水田小学校 古川小学校 古川小学校 古島小学校 古島小学校 水洗小学校 水洗小学校 下妻小学校 下妻小学校
1 筑後北小学校区
筑後市北部の丘陵上に5世紀中頃の「石人山古墳」、筑後北小学校北側に5世紀中頃の円墳「瑞王寺古墳」、欠塚に5世紀後半の前方後円墳「欠塚古墳」などの古墳が点在しています。
2 西牟田小学校区
北牟田に弥生時代後期から古墳時代初頭にかけての集落遺跡である「田佛遺跡」、西牟田小学校内の「西牟田寛元寺遺跡」からは中近世の遺跡などが発掘調査されました。
3 羽犬塚小学校区
奈良時代に「西海道(官道)」という道路が造られます。その駅として羽犬塚中学校周辺に「葛野駅家」が置かれ、「羽犬塚中道遺跡」から「郡符葛野」と書かれた土器が出土しています。
4 松原小学校区
筑後北中学校周辺の「蔵数遺跡群」から、弥生時代から古墳時代にかけての大集落や墓地などが発掘調査され、筑後を代表する遺跡となっています。
5 二川小学校区
サザンクス筑後周辺の「若菜遺跡群」から、弥生時代から中世にかけての大集落、「高江遺跡」から弥生時代の墓地や中世の集落、「長崎坊田遺跡」から中世の館跡などが発掘調査されています。
6 筑後小学校区
市役所近くの「山ノ井川口遺跡」「山ノ井南野遺跡」から古代道路である「西海道(官道)」が発掘調査され、古代の道路工事の技術を研究する上で貴重な資料となっています。
7 水田小学校区
上北島の「狐塚遺跡」から弥生時代の集落、「水田上町遺跡」から水田天満宮安楽寺領水田荘を支配していた大鳥居氏の居館関連遺跡(掘や井戸など)などが発掘調査されています。 
8 古川小学校区
「鶴田市ノ塚遺跡」から古代道路である「西海道(官道)」が発掘調査されています。また、新溝・溝口・久恵周辺では古代の水路や人工河川、堰などが発掘調査されています。
9 古島小学校区
島田の「彼岸田遺跡」から中世の館を囲む堀から「呪符木簡」が出土し、「古島榎崎遺跡」の竪穴住居の床面からは大量の炭化した当時の米が出土しました。
10 水洗小学校区
上北島の「裏山遺跡」は縄文時代から弥生時代にかけての集落遺跡、「志遺跡群」から縄文時代早期(約8000年前)の石組炉などが発掘調査されています。
11 下妻小学校区
「常用遺跡群」から弥生時代前期から中期の集落遺跡が発掘調査されました。また、「下妻」の名称は奈良時代に「下妻郡」が設置され、郡の役所が存在していたことを示しています。

ページトップへ戻る