石人山古墳の武装石人

更新日 2016年02月03日

 武装石人.jpg  
 石人山古墳の
武装石人
 『歴世服飾考』に載っている
最も古い石人模写図
 
  今見ると、石のかたまりにしか見えない、石人山古墳の名の由来になっている「武装石人」。どんな顔でどんな武装をしていたか知っていますか。もちろん、つくられた当時の石人の容貌(ようぼう)は分かりません。しかしずっと後になって、そのころの石人を描き写すなどした人たちがいるのです。

 ひとつは、天保3年(1832年)に久留米藩士・松岡辰方(まつおかとしかた)が彫り写した木版図。この原図は今、どこにあるのか不明ですが、昭和12年3月、県が発行した『史蹟名勝天然記念物調査報告書』の第十二輯(しゅう)、史蹟之部にしっかりと掲載されています。
もうひとつは、矢野一貞が書いた『筑後将士軍談』第五十一巻墳墓碑塔部に載せられている図です。

 これらよりもっと前に模写されたといわれている図があります。それは明治26年12月、田中尚房が編集した『歴世服飾考』におさめられている模写図です。現在伝わる石人図で最も古いとされているこの図は、松岡の木版図よりも容貌や模様がはっきりしています。添え書きにも「辰方の図はこの図より磨滅している」ことが書かれています。

 では、なぜ石のかたまりみたいになったのか。長い年月がたったから。それもあるでしょう。ですが、もっと直接的な理由があります。現在のように囲いがされ、人が触れることができなくなる前まで「武装石人」は、手足や腰、肩などに痛みがある人が、石人の同じ所を打つとそれが治るといわれ、打ったりなでたりされてきたからなのです。

 毎年4月、石人山古墳で「石人まつり」が開かれます。桜の花見を兼ねて訪れたことのある人も多いでしょう。その様子を静かに見つめる「武装石人」に今年は会いに行ってみませんか。

(昭和51年6月5日国指定重要文化財:広報ちくご(平成12年3月号)から)

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